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名古屋高等裁判所 昭和24年(ネ)142号 判決

主文

原判決を取消す。

被控訴人が昭和二十四年三月二日三重ぬ第九二号を以て控訴人に対してなした四日市市大字四日市字諏訪西三百三十二番一、宅地七十五坪を買収する旨の行政処分はこれを取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は

控訴人において訴外稲垣正男は本件地上に存在する自己所有建物を自作農創設特別措置法(以下自農法という)によつて取得した土地に移築すべく三重県庁に申請してこれが許可を受けている。即ち同人は該建物を将来農業用のため本件地上に存置する意思がないこと明らかである。また同人は右移築建物の外右自農法によつて取得した土地に同県の許可を得て建物を新築して居り右新築建物は規模宏大堅牢であつて本件地上の建物を凌駕し、且つその屋敷内に広大な空地を存し同人が農業を営むに十分余りあるのみならずその位置も同人が自農法によつて取得した農地に接近し農業経営上至便であつて今更同人の農地より遠隔不便の位置にある本件宅地を買収する必要はないのである。なお本件宅地の中右訴外人所有の建物の敷地に相当する広さ以外の部分は都市計画によつて他人に交付する換地に指定せられて居る関係上右宅地が買収せられて同人に売渡されるとしても空地がないことになり同人はこれを農業経営上十分に利用する価値がないことになるのである。従つて本件宅地の買収は不適当である。と述べ、

被控訴代理人において、訴外稲垣は本件宅地に父祖の代から永年居住し、現在自農法によつて売渡を受けた農地を継続して耕作し来つたもので、その農地との距離も左程遠くなく今まで別段不便不都合を生じなかつたものである。唯同人は本件宅地に続く八十三坪の空地を控訴人の要求によつて返還したため同人の家族は九人あつて現在の住居は狭隘であるのと附近農耕者と共同作業をする必要があつたため郊外に家屋を新築したのであるが未だこれは完成していないのである。たとえ完成していたとしても本件宅地上の家屋を撤去する意思はないのである。同人が移築の出願をしたのは、当時建築の統制が厳重であつて家屋の新築については移築を併せて出願する方が許可を受け易かつた関係でそうしたまでである。なお本件宅地が都市計画によつて買収せられる範囲は七十五坪の二割二分位であつて残地五十余坪は宅地として使用ができ、残地については買収によつて売渡された稲垣が適当な換地を得ることになつて、右五十余坪と合せ十分利用できる関係になるのである。と述べた外原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

被控訴人が自農法第三条及び第十条に基いて控訴人主張の本件宅地を昭和二十四年三月二日対価四千五十円で買収することとし同月十六日その旨の買収令書を控訴人に交付したこと及び右宅地が都市計画法第十二条第一項による土地区劃整理を施行する土地であつて被控訴人が昭和二十三年八月二十三日自農法第五条第四号による買収除外の指定をした区域内にあることは当事者間に争のないところである。

控訴人は本件宅地は右自農法第五条第四号によつて買収から除外されるのだというが同条項によつて買収から除外されるのは農地であつて、宅地はこれに含まれないことが明らかであるから控訴人の右主張はその理由がない。

次に控訴人は本件宅地の買収申請をした訴外稲垣正男において、同法第十五条第一項第二号所定の賃借権等の権利がないという。しかし原審証人稲垣正男(第一、二回)立松彦太郎西口ふみの各証言を合せ考えると同人が右土地に賃借権を有つていることが認められ甲第二号証のみでは右認定をくつがえすことができないから控訴人の右主張も採用しない。

進んで控訴人は右宅地は農地との従属関係を有せず、その農業経営上必要でなくその利用価値も少く位置環境等からも買収に不適当である旨主張するからこれについて考察する。

原審並に当審における検証の結果によれば本件宅地は前記稲垣正男がこれに住宅納屋等を所有し現に主としてこれをその農業経営に使用している事実は明らかであるから、右は自農法第十五条第一項第二号にいわゆる農地に就き賃借権を有する宅地ということができるが、右宅地が同人の農地経営上必要であるかどうか。思うに自農法が耕作者の農地経営に従属せる宅地であつて右耕作者が賃借権等の権利を有するものを買収するのは、これを当該耕作者に売渡し以て耕作者としての地位の安定を図るのにあつてこれをして不当に利得させる趣旨のものではないから買収すべき宅地は耕作者の農業経営上真に必要なものに限られるものと解すべきである。ところで本件についてこれを見るに成立に争のない甲第六号証並に前記稲垣の証言及び検証の結果によると同人はその経営せる農地への距離が本件宅地よりも近くて便利な箇所に六畳二間四畳半二間玄関土間付中二階の相当堅固な家屋を新築し、しかもその前方には百数十坪の空地があつて同人がその妻老母及び幼少の子女六人と共に之に居住しその有する農地一町一畝余を経営するに十分であり恰好の施設であることがうかがわれ、なお同人も本件宅地上の家屋をここに移転する意思があり既に移築許可の出願もしている次第が認められる。して見ると本件宅地は、もはや同人の農業経営上必要不可欠のものでないといわねばならぬ。加うるに原審証人立松彦太郎当審証人長谷川正逸の証言によると、本件宅地附近は住宅区域であつて右稲垣一家を除いて他に農家なく、また本件宅地は都市計画による区劃整理の結果現在家屋の建つている大部分は他人の換地となるので、その南方の部分に家屋を移転せねばならぬ事となりしかもその地積は約二割二分を減少し空地は頗る狭少となることが認められ農業経営上の利用価値も甚だ少く位置、環境等の関係から云つても買収に不適当である。従つて被控訴人が本件宅地を買収したのは違法であつてその処分は取消すべきものである。よつて控訴人の本訴請求はこれを認容すべきであつて原判決は失当であるからこれを取消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用して主文の通り判決する。(昭和二五年八月三一日名古屋高等裁判所民事部)

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